それぞれの想い (参)
 
   
 
「巴殿……
 廊に立ち、ぼんやりと空を眺めながら考え事をしていた巴は、その声を耳にするまで、背後の気配にもまるで気づいてはいなかった。
 
「遮那王様
……
 振り向き様にその姿を認めて、巴は驚いたようにつぶやいた。
……いかがなされたのか?」
「いえ、何でもありませぬ」
 慌てて居住まいを正した巴を遮那王はなおも訝しげに見つめる。
 
「遮那王様こそ
……、どうかなさいましたか?」
 巴の問い掛けに、遮那王は少しはにかみながら、後ろ手に隠していたものをおずおずと差し出した。
「これを
……、巴殿に差し上げようと思うてな……
 
 目の前に現れたのは白い山百合の花の束だった。
 
「まあ、美しいこと
……
 巴は女性らしい華やいだ笑顔を見せた。
「裏山にたくさん咲いておったゆえ
……
 と言って、花を手渡す遮那王の表情はあどけないばかりの少年の顔だった。
 
「私の好きな花にございます。ほんに嬉しいこと
……。されど、何ゆえこれを私に?」
「いろいろと世話になった礼のつもりだ。それに
……、この花はどこか巴殿に似ている。凛とした気高さの中にも、どこか淋しげな影も感じられて……
 巴はつと遮那王を見返した。
 
……淋しい? 私が?」
 巴はいささか呆気に取られた。しかし、遮那王の目はいたって真剣だった。
 
「そのようなことを言われたのは初めてにございます。私ほど気の強い男勝りの女子
(おなご)はいないと……、そういつも周りから言われ続けて参りましたから……
 と苦笑を浮かべる巴にも、遮那王は真っ直ぐにその目を見つめて、
「気が強ければ孤独ではないと
……、そう申されますのか?」
……
 
「むしろ逆にございましょう。気丈であるがゆえに、他人には決して弱味を見せたくなくて
……、それで、ついつい自らを孤独へと追い込んでしまう……
 遮那王の言葉に、巴は言い返すこともできず黙り込んだ。
 
「私と同じ物思いをなさっておられる
……
……遮那王様?」
 
「この世で何よりも大事と思う御人に、いついかなる時も、ただ自分一人だけを見つめていて欲しい
……、そう願うておられましょう?」
 
「それは
……
 悩ましげに揺らめく瞳を前に、巴は懸命に心の動揺を抑えようと努めた。
 
「私は竜のことが好きだ
……。それは、ただ単に命を助けられたからではない。この孤独な心をこそ救われたからだ……。私の淋しさをわかってくれた、たった一人の存在なのだ。なればこそ……、竜にとっての私もまた、同じ重さの人間でありたい……、そう思うていた」
 
……
 
「したが竜は
……、私を前にしながらいつも別の誰かを見ている。私ではない他の誰かを……。この身にとって、竜は他の誰よりも大事な者であるのに、竜にとっての遮那王はその誰かの次……。いつまでたっても一番目にはなれぬ……
 
 遮那王のあまりに淋しげな横顔に、巴の胸にも切ない感情が広がっていた。
 
「そのようなことはございますまい
……
 そう口にはしたものの、巴も心のどこかでその思いがわかるような気がしていた。
 
 義仲もまた、自分にとって、ただ一人の人に違いない。しかし、義仲からすれば、いったい自分はどれほどの存在なのか
……。その答えを知ることにも恐れを抱き、立ち竦(すく)むばかりの己が姿を見る思いだった。
 
「気休めはおやめ下され! 巴殿もそう思うておいでのはず!」
……私が?」
 射るような遮那王の強い視線に、巴は縫いとめられたように身動きができなくなった。
 
「木曽殿にとって、この世の誰よりも大事な存在でいたい
……。そう願うこと自体、現実はそうでないと思うておられる証にござりましょう!」
 巴は愕然とするあまり、軽い眩暈
(めまい)を覚えた。
 
「先だって、図らずも槍を交えた折に、私には向き合うた武者の悲しみが見えたのだ。突き掛かるその切っ先に込められた心の叫びが
……。それが他でもない、巴殿であったと知って大そう驚きもしたが……
 
 返す言葉もなかった。こんな年端もゆかぬ少年に、己が心の奥底までも見透かされていたとは
……
 
 義仲の子を生んだ初音に対する妬みの心
――
 その幸いを受けるのが、なぜ自分ではないのか
……
 
 どんなに平気な振りをしていたところで、この胸に抱える怨念にも似た悲嘆は、とても隠し遂
(おお)せるものではないことをはっきりと思い知らされていた。
 
「あの夜、勝負に負けて愚痴をこぼす私に竜が申したのだ。ただ一度の負けで諦めるのは愚かだと
……。次に負けねばよい。そして、次も負ければその次に……。命ある限り幾度でも挑めばよいと……
……
 
「私もその通りだと思うた。それゆえ、決して諦めたりはせぬ。いつの日か、その誰かにも打ち勝って、必ずや、竜を我一人のものにしてみせようぞ!」
「遮那王様
……
 
「なれば
……、巴殿ももっと心を強う持たれよ。あの槍試合での借りも、いつか返さねばならぬからな……。それまで、倒れずに待っていてもらわねば……
 そう言って、笑いかける遮那王に、巴はなおも揺れる心を押し隠して微笑み返した。
 
「御曹司
――!」
 と、そこへ、ひどく慌てた様子の鬼若が庭先から駆け込んで来た。
 
「このような所においででしたか
……
 息を切らした鬼若を遮那王は怪訝に見返す。
「何を騒々しい
……。いかがしたというのだ、鬼若!」
 
「それが
……、今しがた、木曽殿が竜を連れて馬でお出かけになられたようにござりまする……
……何と!」
 遮那王は巴と顔を見合わせた。
 
「わずかな供だけを連れて
……。いったい、どちらにおいでになったものか……
「竜を
……? 何ゆえじゃ!」
 唯々、不審に思うばかりの遮那王と鬼若
――。だが、巴には義仲のその行動の意味も理解できた。
 
 例の夢に現れた託宣
――
 青龍の化身を我がものにしたいと言った
……、あの義仲の妖気に満ちた目が思い出されていた。

 
  ( 2005 / 12 / 03 )
   
   
 
   
 
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