舞草の秘刀 (参)
 
   
 
 吉次と共に舞草(もくさ)を訪れた日から数日の後、竜は秀衡に呼ばれ伽羅ノ御所に参上した。
 
「舞草に参ったそうじゃのう
……
「はい」
「いかがであった。わが平泉の誇る舞草の太刀は
……
 秀衡の表情にはその自信のほどが伺えた。
 
「森房殿の太刀は、御館殿も一目置く名匠との評に違
(たが)わぬ、素晴らしいばかりのものにございました」
 
「うむ、そうであろう
……。京の内裏に献上する品はやはりあの者の手によるものでなくてはならぬ。確かにこの平泉の地は良き鉄を産する。したが、いくら鉄が良くとも、それを打つ腕が無うては真に良き太刀はできぬ。森房は鉄を黄金にも勝る価値に変える技を持つ……、まさしく平泉の宝じゃ」
 
……仰せのとおりにございます」
 竜は恭しく頭
(こうべ)を垂れたものの、そのどこか歯切れの悪い口ぶり、暗い表情を見逃す秀衡ではなかった。
 
「何か申したきことがありそうじゃのう
……
「いえ
……
 竜は依然として心に抱える矛盾を拭い去れずにいた。それは秀衡の目にも隠しおおせるものではなかった。
 
「構わぬ。思うたままのことを申してみよ」
 秀衡の穏やかな眼差しに促されるように、竜は重い口を開いた。
 
「太刀は人を危
(あや)め、時にその命さえも奪うものにございます。それが黄金にも勝る価値あるものとして商(あきな)われる……、そのことにひどく胸が痛みまする……
……
「御館殿の『森房殿は平泉の宝』とのお言葉にも、心からうなずくことができませぬ
……
 苦しげに答える竜の様子に、秀衡の鋭い眼
(まなこ)はその心底をも容易(たやす)く見抜いていた。
 
「竜
……。その方、刃の恐怖を味わうたことがあるな」
 不意に胸を衝
(つ)かれ、竜の顔が青ざめた。
 
「今の平穏な世にあっては、太刀が人の命奪うものであることなど、忘れられておるきらいがある。今のその方の言葉、身を持ってそれを受けた者でなくば申せぬことじゃ
……
 
 これまでとりたてて意識したことはなかった。が、命も危ぶまれる危機に陥った木曽での出来事はともかく、それ以前の、鏡の宿で賊徒の襲撃を受け、寸でのところを九郎に助けられた
……、あの時に体感した、一瞬にして身も心も凍りつかせるほどの激しい恐怖は、今なお心に強く焼き付いていた。
 
「仰せのとおり
……。その折のことを思い出すと、今でも震えが止まりませぬ……
「そうであろうな
……
 秀衡は深い感慨をもってうなずいた。
 
「言われてみれば、その方の申す通りじゃ
……。人殺しの道具で財を成し、それで仏都を築こうなどとは……、虫が良すぎるのであろうな……
「御館殿
……
 
「したが、人ある所に争い事は絶えることはない。ならば、己を守るために刃をもって臨むこともまた致し方のなきこと
……
 
「争いを避けることはできませぬのか? 争うどちらも同じ人間ではありませぬか! 互いに心を開き、譲り合うこともできるはずにございます!」
 竜は向きになって詰め寄った。しかし、
 
「人なればこそ戦となるのだ」
 きっぱりと言い切った秀衡に竜は絶句した。
 
「他の生き物は己の飢えを凌ぐためにのみ殺生を行う。言い換えれば、無用の殺生はせぬということだ。屍
(しかばね)の骨までしゃぶり尽くす獣(けだもの)――、その姿は一見残酷に見える。しかし、真はそれこそあるべき姿ではないか? 命奪うたからには、その全てを己の血に肉にせねば……、奪われた命が浮かばれぬ。それに引き換え人はどうであろう……。無意味な命の奪い合いを平然と致す……。あるいは、この世で人ほど罪深きものはないやもしれぬ……
 
 これには竜もうなずくほかなかった。
 例の盗賊にせよ、追い剥ぎにせよ、真に欲しがるのは金品のみ。しかし、それを手に入れんがために尊い命まで奪う
……。それはやはり人ゆえの悪業に他ならないのかもしれない。
 
「人は罪を犯すもの
……。なればこそ、人は自らを守るすべもまた生み出したのじゃ……
……
 
「太刀が人を殺
(あや)める道具であることは間違いない。したが、それをいかような形で用いるか……。その大義によって、太刀そのものの存在する意味も違ってくる……
……
 
「誰が自ら死を望もうか? 容赦なく襲い掛かる者に、いかに説いても争いを避けることは難しい。ならば、己の命は己自身の手で守るしかあるまい。そのために太刀を持たんとすることまで非と申せば人は生きては行けぬ」
 
「されど、全ての民が太刀を手にできるわけではありませぬ。ほんの一握りの、武に通ずる人間にのみ許されること。それでは太刀を持てぬ者は只黙って死を待てと
……、そう仰せになるのでござりますか?」
 これまで悠然と構えていた秀衡にも、わずかながら動揺の色が走った。
 
「この竜にはどうにも得心が行きませぬ。むしろ太刀さえこの世に無ければ無駄な血を流さずにすむと
……、そう思えてなりませぬ!」
 竜の激しい口調に秀衡も瞠目した。が、その瞳に不快な色は微塵もなかった。
 
「太刀が無うても、それに代わる物などいくらでも考え出す
……
……
 
「時に、稲を刈る鎌でさえ人を殺める道具に致すこともある。人とはそれほど貪欲なものぞ
……
「それは
……
 
「太刀があるゆえ、争いが起きるわけではない。争いがあるゆえに、太刀もまた生まれたのだ。その争いの根が絶えぬ限り、結局何も変わりはせぬ」
 秀衡の理路整然とした言に、竜の返す言葉も尽きた。
 
「したが、竜
……。太刀の鍛え技を磨き、より良き太刀を作ろうとするは、何も殺戮(さつりく)を煽(あお)らんがためのことではない。人はひとたび歯が立たぬと見定めれば、自ら無謀な戦いを挑むことはせぬもの。ゆえに、己がいかに強いかを世に示す……、太刀はいわばそのための目印が如きものじゃ。時として、一振りの太刀が強力な楯(たて)の代わりともなるのだ」
 
……楯?」
「攻め込まれる隙を見せねば、争いそのものも起こらぬやもしれぬ
……
 竜は唖然とした。そうした考え方もあるのかと
……
 
「己が欲望を満たさんがために人の命を奪う道具と致すか、襲い掛かる敵から我が身を守る楯と致すか
……。要は太刀を手にする者の心がけ次第……
 秀衡の言わんとすることが、竜にもようやく飲み込めた。
 
「戦わぬために
……、そして、相手に殺生をさせぬためにも太刀は必要だと?」
 秀衡は静かにうなずいた。
 
「打てば響くその飲み込みの速さ
――。吉次が見込んだ者だけのことはある。真、商人にしておくには惜しい才じゃ……
 竜は恐縮して姿勢を低くした。
 
「その方と話しておると時の経つのも忘れる。このように誰ぞと論を戦わせたのもいつ以来であろう
……。何やら若き頃に戻ったようで、いささか向きにもなった……
 秀衡は上気した面持ちで竜を眺めた。
 
「しかし、何とも清々しい心地じゃ
……。泰衡であれ、国衡であれ、その方ほどの器量があればのう……。少しは頼もしゅう思えるのであろうが……
 見る間に顔を曇らせた秀衡
――。竜にはそれが妙に気に掛かってならなかった。
 
 
   
   
   
  ( 2006 / 06 / 23 )
   
   
 
   
 
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