内なる真実 (弐)
 
   
 
「竜ではないか!」
 ふらりと牧に現れ、柵に寄りかかってぼんやりと駒の群れを眺めていた竜に、国衡が声をかけた。
 
「どうだ? 見事な眺めであろう?」
 誇らしげに言う国衡にも、竜は見向きもしない。
「どうした? 何やら心ここにあらずだな
……
 国衡は少し呆れたような顔をしながら、竜と並んで駒を眺めた。
 
「ここにいる駒達は何を思うて生きておるのか
……。人の勝手であちらへこちらへと振り回され、果ては戦となれば軍馬として争いの真っ只中にもその身を置かねばならぬ定め……。果てしてそのことを存じておるのか……
 竜はのどかに駆け回る駒達に目を細めつつ、小さくひとりごちた。
 
「知らぬゆえ、こうして無邪気に駆け回っておれるのだ
……
 国衡は平然と答える。
 
「人は余計なことを考え知り過ぎる
……。知らずにおれば、その時を生きることだけに全てを傾けられるものを……
……
「腹が空けば草を食
(は)み、駆けたければ思う存分駆け回る……。人もかように思うがままに生きることができるなら、何の争いも起きぬであろうに……
 しみじみと語るその言葉の端々に、竜は国衡が人知れず抱える苦悩も敏感に感じ取っていた。
 
「国衡殿は何をお考えにございますか?」
「何だ? 急に改まりおって
……
 
「泰衡殿と争うことを望んでおられますのか?」
 それまでとは打って変わって鋭い眼光を向ける竜に、国衡は一瞬うろたえた後、苦笑を浮かべた。
 
「よもや、わしの身を案じておるとか?」
 竜は否とも応とも答えず、黙って国衡を見つめた。そこに国衡もまた竜の心を読み取った。
 
「心配せずともよい。わしとて争い事は好かぬ。争うたところで運命は覆りはせぬのだ。何の得にもならぬばかりか、余計な波風が立つばかり
……。ならば、おとなしゅうしておるのが何より……。そうであろう?」
 カラリと笑って国衡は一蹴
(いっしゅう)したが、それでもなお竜の心は晴れなかった。
 
 と、そこへ一頭の駒がゆっくりと近づいて来たかと思うと、竜の顔にそっとその鼻を押し付けて来た。舞草より戻る途上に遭遇したあの駒に違いない。
 
「よほど、おまえが気に入ったようじゃのう
……。わしにはそんな素振りなどついぞ見せたこともなかったものを……
 竜はあの日と同じように、駒の首筋を優しく撫でてやる。
 
「名を『流星
(りゅうせい)』と申す。その額に浮かぶ紋様から御館がお付けになられた……
「流星
……
 竜の呼びかけに応じたものか、ふいに流星は一声嘶
(いなな)くと、その背を竜に差し出し何度も首を上下させた。
 
「おまえに乗れと申しておる
……
 国衡に言われ、竜は当惑しながら流星の目を見返した。
「その様子では馬もやるようじゃのう
……
「いえ
……
 
 以前に一度、木曽で乗ったことはあるとはいえ、あの時はただ義仲の言うなりに従うだけで良かった。己が一人の力のみで駒を走らせるとなると、何をどう扱えば良いのかどうにも心許ない。それでも、流星の目は何かを訴えたげに竜の目を一心に見つめていた。
 
「構わぬぞ。こやつの好きなように駆けさせてやれ」
 しばらく思案に迷った末に、竜は思い切って流星に跨
(またが)った。すると、流星は命じられたわけでもないものを、静かに歩み出した。
 
「どこへ連れて行く気だ?」
 穏やかに尋ね掛けた竜に、流星は「任せておけ!」とでも言わんばかりに、ひときわ鋭く嘶いて次第にその歩調を早めると、あっと言う間に牧の柵を飛び越えて行った。
 国衡もただ呆然と見送るばかりであった。
 
 
 
 
 牧を放れた流星は一目散に駆け出した。その足はとても木曽の駒の比ではなかった。
(これが奥州駒か
……
 
 体つきも西国の馬に比べて一回り以上大きい。
 その強靭
(きょうじん)な足をもって大地を蹴散らす力強さには、ただもう圧倒されるばかりだったが、意外にも竜は落ち着いていた。
 そもそも、端
(はな)から駒を操るほどの技量など持ち合わせぬのだから、こうなったら流星の赴くままに委ねるよりほかない。その気楽さからか、いつしか竜は馬に乗ることを楽しむようになっていた。
 
 それにしても頬を撫でる風が冷たい。北国陸奥の短い秋も早終わりを告げようとしているのか
……
 思えば平泉にやって来たのは、まだ蝉しぐれも賑やかなりし夏の盛りのことであった。
 あれから三月余り
――、時は確実に過ぎ去って行った。何一つ成し得ぬままに……
 
(どうすれば良いのか
……
 
 九郎と秀衡の対面、柾房とその父森房との和解
――、どうにかしたいと思いながら、未だその解決の糸口を見出すことすらできない。
 面と向き合い、互いの心の内を示せば、決して難しいことでもないはずなのに
……
 しかし、どちらも同じ席につくことそのものを拒んでいたのではそれ以上進みようもない。日々、もどかしさばかりが募り、いつしか竜自身までもがひどく追い詰められた気持ちになっていた。
 
(結局、俺には何もできぬのか
……
 
 ふと弱気の虫も擡げてくる。
 たかが己ごときに、さしたる力があるわけでもなしと幾度も心に言い聞かせてみるものの、それでも、何かできることがあるのではないかと思いめぐらすこともやめられず
……
 いかにすればこの延々と繰り返す堂々巡りから抜け出すことができるものか
……
 
 次第に胸の内で膨らむ焦燥に、竜の思考が途切れかけたちょうどその時、突如、足を止めた駒にのけ反らんばかりになった。それでようやく我に返った竜は、目の前に現れた風景に呆然とした。
 
「おまえ
……、どうしてここに……?」
 そこは他でもない舞草の森房の鍛冶場だった。
 
 驚くばかりの竜に、流星は『下りろ』と促すかのようにスッと首を下げる。竜は慌てて馬の背から滑り下りたものの、なお信じられない思いでしばし立ち尽くした。
 再び流星が鋭い嘶きを響かせる。
 
『逃げずに立ち向かえ!』
 そう叱咤されているような気もして、竜はひどくまごついた。
 
「あなたは
……
 流星の声を聞きつけたものか、通りがかった小菊が竜を見つけて驚きの声を上げる。竜は軽く会釈をした。
 
「兄はどうしておりますでしょうか? 吉次の頭
(かしら)の許にいると聞いて、すぐにも訪ねて参りたいと思ったのですが……、父から決して行ってはならぬときつく言われて……
 
「柾房殿なら元気にやっておられます。あれからは酒も一滴も口にはしておらぬし
……
「そうですか
……
 小菊の顔に安堵の色が浮かんだ。
 
「居場所がわかっているだけでもどれほど気が休まるか
……。本当は一日も早く戻って欲しいところなのですが、それはまだ無理でございましょうね……
 
「心の傷は目に見えぬものだけに、時間がかかるのも止むを得ますまい
……。柾房殿が自分から戻る気持ちにならぬ限り、何の解決にもなりませぬから……
 小菊もこくりとうなずく。
 
「今日は兄のことでわざわざお越し下されたのでございますか? それとも
……、他に何か?」
 小菊に尋ねられて、竜は急に畏
(かしこ)まった。
 
「森房殿はおいでにござりますか?」
「ええ
……
 折りよく小屋から出て来た森房に、竜は丁寧に頭を下げた。
 
「そこもとは確か
……
「吉次の頭の許におります、竜と申します」
 思い出したと見えて、森房も大きくうなずいた。
 
「さようでしたな
……。今日はお一人ですかな?」
「はい」
 竜は何と切り出すべきかと思い迷った。流星に導かれるままにここまでやって来てしまったものの、いざ森房の前に立つと口にすべき言葉が定まらない。
 そんな竜の苦衷
(くちゅう)を察したかのように、また流星が嘶いた。その声に竜の気負いも幾分か解けた。
 
「小菊殿。少し水をいただけませぬか? この駒に飲ませてやりたいのですが
……
「では、私が
……
 小菊が手綱を取り、流星を小屋の裏へと牽いて行った。
 
「あれは御館
(みたち)の駒ですな……
「はい。実はあの駒にここまで連れて来られてしまったのでございます」
……
 
「森房殿と話をせよと
……、そう申したかったのかもしれませぬ」
……(それがし)と話を? あの駒が……?」
 森房はすっかり呆気に取られながら、苦笑を浮かべる竜を見返した。
 
 
   
   
   
  ( 2006 / 09 / 28 )
   
   
 
   
 
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