公 卿 補 任
 
   
   『くぎょうぶにん』と読みます。てっとり早く言うと、高級官僚名簿のようなものでしょうか。
 まず「公卿」の定義ですが、「公卿」=「公家」かというと、これが少し意味合いが異なります。
 「
」は太政大臣・左大臣・右大臣・内大臣を、「」は大納言・中納言・参議三位以上の朝官(四位で参議になることも、三位で非参議の場合もある)をさし、よって「公家」の中でも、特に高位を占める人々が「公卿」と呼ばれるわけです。
 そして「
補任」は、官職の任命や位階の授与を意味しますので、「公卿」の任官記録を書き綴った書物ということになります。

 各年代ごとに、位階・官職・姓名・任官叙位の日付が記され、その著述は古代より明治維新にまで及びます。
 注意する点は、これは古文書全般に言えることですが、全て漢字で書かれており、いわゆる真名表記(漢文調)に戸惑うこともあります。
 しかし、この『公卿補任』については、どれもが簡潔に記載されているので(文章らしきものは、ほとんどありません)、官職に関する知識を多少お持ちであれば、古文書は初めてという方にも、比較的理解しやすい書かと思われます。
 
 ちなみに
平家一門では、次の人物の記載が見られます。
 
 
 
  名前 清 盛 と の 続 柄 初出年度 年齢 極 官
1 清盛

* * * * *

永暦元(1160)年 43  従一位 太政大臣
2 重盛  長男 仁安元(1166)年 26  正二位 内大臣
3 頼盛  四番目の 仁安元(1166)年 34  正二位 権大納言
4 時忠  義弟 仁安2(1167)年 28  正二位 権大納言
5 宗盛  三男 仁安2(1167)年 21  従一位 内大臣
6 教盛  三番目の弟 仁安3(1168)年 41  従二位 中納言
7 経盛  次弟 嘉応2(1170)年 47  正三位 参議
8 知盛  四男 治承元(1177)年 26  従二位 権中納言
9 清宗  孫(宗盛の長男) 治承4(1180)年 10  正三位 非参議
10 重衡  五男 養和元(1181)年 25  正三位 非参議
11 維盛  孫(重盛の長男) 養和元(1181)年 23  従三位 非参議
12 親宗  義弟(時忠の弟) 寿永2(1183)年 40  正二位 中納言
13 通盛  甥(教盛の長男) 寿永2(1183)年 不明  従三位 非参議
14 資盛  孫(重盛の次男) 寿永2(1183)年 不明  従三位 非参議
   ※「極官」は最高の官位を意味します。
 ※ 年齢については、他の書伝と差異のあるものもあります。
   
   『公卿補任』には、当該時点の位階・官職はもちろんのこと、初出の年度には、これまでの叙位任官や国司などの経歴も、遡って記されるので、足跡をたどるのに大変便利な史料です。が、当然のことながら、四位止まりの無官の人物は、ここに載る資格そのものがありません。
 
 子や孫、弟など清盛により近い人間ほど、出世が早いのは自明の理で、屋島・壇ノ浦の合戦においてその勇猛ぶりが鮮烈な能登守教経(教盛の次男、通盛の弟)、一の谷の合戦で非業の最期を遂げた無官の大夫敦盛(経盛の子)なども、さらに平家の天下が続いていれば、公卿の座にあって然るべきだったでしょう。
 
   
   
   『公卿補任』は現在刊行されているものは全5冊で、歴代天皇ごとにまとめられています。
 大きな公共図書館であれば、概ね所蔵されているかと思いますが、大抵は閉架書庫の扱いですので、閲覧に際しては、あらかじめ、必要な年代を調べておくことをお薦めします。
 参考までに各巻の収録年代を記しておきます。
 
 
  『公卿補任』〈新訂増補 国史大系 53〜57:吉川弘文館〉
 
第1篇(53巻) 神 武【紀元前 660】 −土御門【1210(承元 4)】
第2篇(54巻) 順 徳【1210(建暦元)】−後円融【1382(永徳 2)】
第3篇(55巻) 後小松【1382(永徳 3)】−後 西【1663(寛文 2)】
第4篇(56巻) 霊 元【1663(寛文 3)】−後桃園【1779(安永 8)】
第5篇(57巻) 光 格【1779(安永 9)】−明 治【1912(明治元)】
   
   
   最後に、これは蛇足になりますが、戦国―江戸初期の記録(国史大系55巻第3篇)には、有名戦国武将の名も随所に見えます。ただ、名字に関して、現在一般に流布している呼称と異なっていることには注意が必要です。
   
 
  戦国武将の補任
 
呼 称 初出年度 極   官 本姓
織田信長 天正 2(1574)年  正二位 右大臣  平
織田信忠 天正 5(1577)年  従三位 左中将  平
豊臣秀吉 天正11(1583)年  従一位 関白 太政大臣 平→藤原→豊臣
豊臣秀長 天正14(1586)年  従二位 権大納言  
豊臣秀次 天正14(1586)年  正二位 関白 左大臣  
徳川家康 天正14(1586)年  従一位 右大臣 征夷大将軍  源
宇喜多秀家 天正15(1587)年  従三位 権中納言  豊臣
前田利家 天正16(1588)年  従三位 権中納言  豊臣
上杉景勝 天正16(1588)年  従三位 権中納言  藤原
毛利輝元 天正16(1588)年  従三位 権中納言  大江
徳川秀忠 天正19(1591)年  従一位 右大臣 征夷大将軍  源
前田利勝 慶長 2(1597)年  従三位 権中納言  豊臣
結城秀康 慶長 2(1597)年  従三位 権中納言  源
豊臣秀頼 慶長 3(1598)年  正二位 右大臣  
細川忠興 慶長 9(1604)年  従四位下 参議  源
京極高次 慶長 9(1604)年  従四位下 参議  豊臣
伊達政宗 慶長20(1615)年  従四位下 参議  源
島津家久 元和 3(1617)年  従四位下 参議  源
福島正則 元和 3(1617)年  従四位下 参議  源
   
   
   
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  〈公卿補任−我楽多文庫〉
   
   
   
   
   
   
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