京に集う者の横顔 (弐)
 
   
  「やっと帰って来たな……
 竜と伝六が宿に戻ると、一人の男が待ち受けていた。
 
「何だ、吉次か
……
 伝六がうんざり顔で言い捨てる。
 
「いったい、どこをほっつき歩いていたんだ? こんな時間まで人を待たせやがって
……
 言いながら、吉次と呼ばれた男は、一つ大きな欠伸
(あくび)をした。
 
「どうせ戻るのは、夜だって言ったでしょうが
……
 それ見たことか
……と、言いたげの弥太を尻目に、吉次は伸びをして立ち上がった。
「待ちくたびれて、眠っちまうところだったぞ
……
 
 金売り吉次
――、そう言えば、この当世、京で知らぬ者はいない。
 
 東の果て、陸奥
(みちのく)は奥州(おうしゅう)平泉(ひらいずみ)から、毎年、砂金を運んで来る。玄武が西海を制する商人とすれば、この吉次は、東国を制する商人ともいえよう。
 玄武とは旧知の仲とかで、京にいる間は、この七条の宿にも、足繁く出入りしていた。
 
「まあ、二人とも元気そうで何よりだ」
 吉次は竜の目の前に立つと、ニヤリと笑いかけた。年の頃は、玄武とさして変わりあるまい。
 
 玄武と同様、巷
(ちまた)の民と比すれば結構大柄な男で、竜と並んでも、さほどひけをとらない偉丈夫である。
 が、一見豪放な質
(たち)に見えて、人当たりの良さと抜け目なさが同居する相好(そうごう)は、京と奥州の間に立って、常に大きな商いを手掛ける、その辣腕(らつわん)ぶりをも髣髴(ほうふつ)させた。
 
「いつ京に?」
「夕べ遅くにな」
 
 およそ一年ぶりの再会を、竜は素直に喜んだ。というのも、吉次は、京に出てすぐの頃の、まだ言葉を満足に操ることのできなかった竜にも、好意を持って接してくれた、数少ない人間の一人であった。
 
 東国の様々な民と交わりのある吉次にしてみれば、大した驚きでもなかったのだろう。むしろ興味津々といった様子で、人前に出ることを嫌がる竜を、無理やり引っ張り出しては、あちらこちらへと連れ回したこともある。
 それも盛り場や色里といった、怪しげな、竜には、いっそう気の引ける場所ばかりで、つまらない騒動に巻き込まれることも二度や三度ではなかったが、そうした苦労も、今になって思い返すと、人と打ち解けるすべを身に着けるのには大いに助けとなっていた。
 
「此度
(こたび)は砂金を千両に、絹を三千疋、駒も十頭はくだらねえ」
 いつものことながら、得意満面の吉次の話を、竜は楽しげに聞いていたが、傍らの伝六は、何か考えをめぐらすように、じっと黙り込んでいた。
 
……どうした? 伝六」
 いつもと違う伝六の様子には、竜もすぐに気がついていた。
「吉次
……、何か企んでるだろう?」
 そう言って、伝六はじろりと吉次をにらみつける。
 
 伝六は重衡と同い歳ながら、相変わらず小柄で面立ちも幼いのだが、その外見に反して、大人達の腹の内を探る機微
(きび)には、存外、長けた所がある。
 
……企むって?」
 竜は首をかしげて、伝六から視線を移すと、吉次は観念したように、頭を掻
(か)いた。
 
「相変わらず、察しのいいやつだな
……
 苦笑いを浮かべる吉次にも、伝六はなおも表情を崩さない。
「実は
……、ちょいと頼みがあってな……
「頼みって
……、俺達に?」
 竜に問われて、吉次は神妙にうなずいた。
 
「京に戻って来たのはよいのだが
……、例によって、人足どもは揃いも揃って、どこの遊里に消えちまったのか……、とにかく姿が見えねえんだ。まあ、飲み代が切れりゃ、じきに戻ってくるだろうが……。で、それまでの少しの間、おまえらに手伝ってもらいたいと思ってな」
 吉次は、ばつが悪そうに切り出した。
 
「どうせ、そんなことだろうと思ったよ
……
 伝六はそう言い放つや、どっかと腰を下ろした。
「砂金は重いから、大変なんだよな
……
「手間賃ははずむ。何だったら、いつもの倍出してもいい
……
 吉次は、伝六の前で手を合わせた。
 
「そんなこと言って
……、いつも人足に逃げられてるのは、どこの誰だよ!」
 伝六はそっぽを向いて、取り付く島も無い。ならばと、吉次は竜の方に向き直ると、ひどく大仰な体
(てい)で、袖にひしと取り縋った。
 
「竜、この通りだ。頼む!」
 もはや、恥も外聞もない
……とばかりに、何度も頭を下げる吉次には、竜もいささかたじろいだ。
「俺とおまえの仲じゃないか。なあ、竜
……
 吉次は、もうほとんど、泣き落としにかかっていた。
 
「竜、吉次の言うことなんて、あてにならねえぞ」
 伝六は腕組みしたまま、またもにらみつけてくる。答えに窮した竜は、苦し紛れに天を仰いだ。
「おい、弥太、何とか言ってくれよ
……
 
 このままでは埒
(らち)が明かないとばかりに、吉次は弥太に加勢を求めた。
「俺の知ったことじゃねえよ。人足に逃げられる吉次が悪いんだろうが
……
 弥太にも一蹴され、どうやら吉次も進退が極まったらしい。
 
「冷たい奴ばっかりだな
……
 がっくりとうなだれた吉次の、あまりのしょぼくれ様を見て、竜もとうとう思い切った。
 
「わかったよ
……
 その一言で、吉次の顔は、瞬く間に明るくなっていた。
「やっぱり、おまえって、いい奴だよな
……。恩に着るぞ」
 そう言って、竜の節くれ立った手を取ると、思いっきり握りしめた。
 
「全く、甘いんだからな。竜は
……
 弥太は苦笑しつつ、ふて腐れている伝六に目を向けた。
 
「しょうがねえな
……。竜一人にやらせるわけにはいかねえ。俺も手伝ってやるよ」
 やにわに立ち上がった伝六は、もったいぶった様子で、吉次に言った。ところが、
「おまえはもういい」
 手のひらを返したように、吉次はあっさりとこれを断った。
 
「何言ってるんだよ
……。遠慮するなって……。手伝ってやるから……
 伝六は、尚も恩着せがましく、吉次の肩を二度三度と叩く。
 
「手間賃はいつも通りだぞ」
 竜の手を離し、向き直った吉次は、にべもなくそう告げた。
「ちょっと待てよ! さっき、倍出すって言ったじゃねえか!」
 伝六は血相を変えた。それを見て吉次は、ニヤリと笑みを浮かべる。
 
「そりゃあ、あの時すぐに『うん』と言ってればな
……
……
「人の足下を見やがって
……。焦(じ)らせ過ぎだ。商いは潮時を計って、時機を逃さずだ。覚えておけ!」
 吉次はしてやったりと、得意げに伝六を見下ろした。
 
「ケチ!」
「何とでも言え! これが商いの常道だ」
 身勝手な持論を説く吉次に、伝六はついに癇癪
(かんしゃく)を起こした。
 
「そんなことだから、人足に逃げられるんだよ!」
「何だと!」
 こうなると、二人とも互いに揚げ足を取り合うばかりで、とても収拾がつかない。もはや子供の喧嘩である。
 
「これが本当に、東国を牛耳ってるお頭なのかね
……
 弥太はすっかり呆れ返っていた。そして、竜も二人の遣り取りを、ただ笑って見ているだけだった。
 
 
  ( 2003 / 07 / 18 )
   
   
 
   
 
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