年表2:1161−1170 《二条〜六条〜高倉》
   
 
天皇 西暦 和暦 月 日 事     項 出   典

 
 
 
 
 
 
1161 永暦2 4.13 後白河上皇(35歳)が法住寺殿へ遷御 山槐記
応保1 9. 6 後白河上皇第四皇子憲仁誕生(母平滋子:20歳) 百錬抄
9.13 平清盛(44歳)権中納言に任じられる 公卿補任
9.15 平時忠(35歳)・教盛(34歳)解官
(平滋子所生の後白河皇子の立太子を企てた嫌疑による)
百錬抄・山槐記
11.29 後白河上皇の近臣藤原信隆・成親(24歳)らを解官 山槐記
12.16 ワ子内親王(25歳:母美福門院)に八条院の院号宣下(二条准母) 百錬抄
1162 応保2 2. 5 中宮女朱子内親王(二条后:22歳)に高松院の院号宣下 女院小伝
2.19 藤原育子(藤原忠通養女)に中宮の宣下 山槐記
3. 7 流人藤原経宗(44歳)らが召還される 百錬抄
3.10 藤原成親(25歳)の解官が解かれる 山槐記
6. 8 前関白藤原忠通(66歳)法性寺にて出家 百錬抄
6.18 藤原忠実(知足院入道:85歳)死去 百錬抄
6.23 後白河上皇の近臣 源資賢・平時忠(36歳)らを配流とする
(天皇を呪詛した嫌疑による)
百錬抄
8.20 平清盛(45歳)従二位に叙される 公卿補任
1163 長寛1 12.26 皇嘉門院聖子(崇徳后:42歳)出家 百錬抄
1164 長寛2 2.19 藤原忠通(法性寺入道:68歳)死去 百錬抄
4.10 平清盛(47歳) 三女盛子(9歳)を摂政基実に嫁がせる  
6.27 流人藤原師長(27歳)・源資賢らが召還される 百錬抄
8.26 崇徳上皇(讃岐院:46歳) 讃岐国の配所にて死去 百錬抄
9.   平氏一門 法華経を書写して厳島神社に奉納【平家納経】 厳島文書
11.14 二条天皇第二皇子順仁誕生(実母伊岐某女、養母中宮育子) 百錬抄
12.17 蓮華王院(三十三間堂)完成供養 愚管抄
1165 長寛3 1.23 権中納言平清盛(48歳)兵部卿を兼任 公卿補任
永万1 6.17 二条天皇第二皇子順仁親王(2歳)を皇太子とする 皇代記・皇年代略記

 
 
 
 
 
 
6.25 二条天皇(23歳)譲位 皇太子順仁親王(2歳)受禅 百錬抄
7.27 六条天皇 即位 山槐記
7.28 二条上皇(23歳)崩御 百錬抄
8. 7 二条天皇の葬儀にて、延暦寺と興福寺の僧徒の間で額打論が起こる 百錬抄(8/9)
8. 9 延暦寺僧徒が興福寺への報復の為末寺の清水寺を焼払う 百錬抄
8.17 平清盛 権大納言に任じられる 公卿補任
9.14 流人平時忠(39歳)が召還される 百錬抄
10.27 興福寺僧徒 天台座主俊円の配流を求めて強訴 百錬抄
12.25 後白河上皇第四皇子憲仁(5歳)に親王宣下 百錬抄
1166 永万2 3.29 流人源師仲・藤原惟方が召還される 百錬抄
6. 6 平清盛(49歳)正二位に叙される 公卿補任
7.15 平頼盛(35歳)太宰大弐に任じられる 公卿補任
7.26 摂政藤原基実(24歳)薨去 百錬抄
7.27 藤原基房(23歳)摂政・藤原氏長者となる 百錬抄
仁安1 8.27 平頼盛 従三位に叙される 公卿補任
10. 2 平頼盛 太宰大弐として現地へ赴任する 百錬抄
10.10 後白河上皇(40歳)第四皇子憲仁親王(6歳)を皇太子とする
平清盛 春宮大夫に任じられる
兵範記
公卿補任
10.21 平時子(42歳)が二位、平滋子(25歳)が三位に叙される 兵範記
11.11 平清盛(49歳)内大臣に任じられる 兵範記
12. 2 平清盛の辞任により、平重盛(29歳)が春宮大夫に任じられる 公卿補任
12.22 皇太子憲仁親王 着袴の儀 百錬抄・玉葉
12.30 源頼政(61歳)内昇殿を許される 公卿補任
1167 仁安2 1.19 後白河上皇(41歳)法住寺新造御所に移る 兵範記
1.20 平滋子(26歳)に女御の宣下(皇太子実母) 百錬抄
1.28 平頼盛(36歳)正三位に叙される 公卿補任
2.11 平清盛(50歳)太政大臣に任じられる
平重盛
(30歳)権大納言、平時忠(38歳)参議に任じられる
公卿補任
玉葉
2.25 平清盛が安芸厳島参詣に出発 山槐記
5.10 平重盛に諸道の海賊追討の宣旨が下る 兵範記
5.17 平清盛 太政大臣を辞任する 兵範記
7.14 後白河上皇 罹病(御かふれ事=腫物) 兵範記
8. 1 平宗盛(21歳)参議に任じられる 兵範記
8.10 平清盛 播磨・肥前・肥後などの地を与えられ、これを大功田とする 公卿補任
9.21 後白河上皇・女御平滋子 熊野参詣へ出発
平重盛・宗盛・知盛らが供奉する
兵範記
9.27 五条内裏焼亡 百錬・兵範・玉葉
11.18 平盛子(清盛娘・故摂政基実室:12歳)に准三后の宣下 百錬抄・兵範記
12.13 平宗盛・平時忠(41歳)従三位に叙される 公卿補任
12.18 八十嶋祭 乳母藤原邦子(藤原邦綱娘)が使を務める 兵範記
1168 仁安3 1.19 後白河上皇(42歳)熊野参詣へ出発 兵範記
2.11 平清盛(51歳)病により出家、妻時子(43歳)も同じく出家 兵範記・玉葉
2.15 熊野参詣より帰洛した後白河上皇が六波羅へ御幸、病床の清盛を見舞う 兵範記・玉葉

 
 
 
 
 
 
2.19 六条天皇(5歳)譲位 憲仁親王(8歳)受禅 百錬・兵範・玉葉
3.14 皇太后宮呈子(近衛后:38歳)に九条院の院号宣下 百錬抄・兵範記
3.20 高倉天皇 即位、国母平滋子(27歳)に皇太后の宣下 百錬・兵範・玉葉
3.26 平宗盛(22歳)正三位に叙される 兵範記
6.29 高倉天皇の外祖父故平時信に正一位左大臣を追贈 百錬抄・兵範記
8. 4 平時忠(42歳)正三位に叙される 公卿補任
8.10 平時忠 権中納言に任じられる
平教盛
(41歳)参議に任じられる
公卿補任
8.12 平教盛 正三位に叙される 公卿補任
8.28 平清盛の娘(藤原兼雅室)大嘗会御禊の女御代を務める 兵範記
10.18 平頼盛(37歳)参議に任じられる 公卿補任
10.22 中宮藤原育子(二条后)出家 百錬抄
11.28 平頼盛 解官(五節会などでの職務怠慢による) 兵範記
1169 仁安4 3.13 後白河上皇が高野山参詣に出発 兵範記
3.20 後白河上皇が平清盛の福原別業に御幸 百錬抄(3/23)
兵範記
(3/21)
嘉応1 4.12 皇太后宮平滋子(28歳)に建春門院の院号宣下 兵範記
6.17 後白河上皇(43歳)出家 百錬抄・玉葉
10.15 後白河上皇が出家後初めての熊野参詣に出発 兵範記
11.25 平重盛(32歳)の妻経子(高倉天皇乳母)が八十嶋祭使を務める 兵範記
12.23 尾張国目代藤原政友の狼藉に対し、延暦寺僧徒が政友と知行国主藤原成親(32歳)の処罰を求めて強訴 百錬抄・兵範記
玉葉
12.24 藤原成親を備中国に配流、政友を禁獄とする 百錬抄・兵範記
12.28 平時忠(43歳)・信範(58歳)を奏事不実の嫌疑で配流とし、成親は召還される 百錬抄・兵範記
玉葉
1170 嘉応2 1.27 延暦寺僧徒が藤原成親(33歳)の解官と平時忠(44歳)・信範(59歳)の召還を求めて強訴 百錬抄
2. 6 藤原成親を解官、平時忠・信範が召還される 百錬抄
4.19 後白河上皇(44歳)東大寺で受戒のため南都に御幸 百錬抄・兵範記
4.21 平重盛(33歳)権大納言に補任、藤原成親 権中納言に還任 兵範記・公卿補任
4.23 故藤原基実の嫡男基通(11歳)元服・叙爵 玉葉・公卿補任
5.16 藤原信親(故藤原信頼の子:16歳)を伊豆国へ配流とする 兵範記
5.25 藤原秀衡 鎮守府将軍に任じられる 兵範記・玉葉
7. 3 摂政藤原基房(27歳)と平資盛(13歳)の車が行き合い乱闘となる 【殿下乗合】 百錬抄・玉葉
9.20 後白河法皇 宋人を見るため平清盛の福原別業へ御幸 百錬抄・玉葉
10.21 摂政基房が武士に襲われる 【殿下乗合:7/3の報復】 百錬抄・玉葉
12. 8 時忠・信範の官位を元に復する 百錬抄
12.14 摂政基房 太政大臣に任じられる 玉葉
12.30 平重盛権大納言を辞任
平維盛
(13歳)右近衛権少将に任じられる
平宗盛
(24歳)権中納言・右衛門督に任じられる
平経盛
(47歳)従三位に叙される
公卿補任
      
    
    
    
    
 
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