年表3:1171−1180 《高倉〜安徳》
   
 
天皇 西暦 和暦 月 日 事     項 出   典

 
 
 
 
 
 
1171 嘉応3 1. 3 高倉天皇(11歳)元服 山槐記
承安1 4.21 平時忠(44歳)が権中納言に還任 公卿補任
5.29 後白河院(45歳)が熊野参詣に進発 玉葉
8.10 摂政藤原基房(28歳)が前太政大臣藤原忠雅の嫡女忠子を娶る 玉葉
10.23 後白河上皇・建春門院(30歳)福原へ臨幸 玉葉・百錬抄
12. 2 平清盛(54歳)の娘徳子(17歳)の入内の定め 玉葉・兵範記・百錬抄
12.14 平徳子が入内 玉葉・兵範記
12.26 平徳子に女御の宣下 玉葉
1172 承安2 2. 3 建春門院(32歳)御願の最勝光院棟上 玉葉・百錬抄
2.10 平徳子(18歳)に中宮の宣下 玉葉
4.23 賀茂祭にて平知盛(22歳)が近衛使、平重衡(17歳)が中宮使を務める 玉葉
6.20 摂政藤原基房(29歳)室忠子が男子を出産〈後の師家〉 玉葉
10.19 後白河院(46歳)が熊野へ御幸 玉葉
10.27 後白河院が福原へ御幸 玉葉
12.14 南都の衆徒が蜂起する
〈平重盛の家人が春日神人を殺傷したにより〉
玉葉
12.24 建春門院が石清水八幡宮に参籠 玉葉
1173 承安3 3. 3 宋国よりの貢物に返牒を送ることを詮議 百錬抄・玉葉(3/12)
4.12 院御所七条殿東南隅の萱御所が炎上 玉葉・百錬抄
4.23 賀茂祭にて平維盛(16歳)が中宮使を務める 玉葉
4.29 文覚が神護寺再建の勧進帳をもって院御所法住寺殿に乱入 玉葉・百錬抄
5.16 文覚が伊豆国へ流される 百錬抄(4/29)
6. 6 関白基房(30歳)が故基実室(清盛の娘盛子)を妻に迎えるとの風聞 玉葉
6.12 平時子(49歳)の持仏堂供養 玉葉・吉記
8.15 皇后藤原育子(28歳)が薨去 玉葉・百錬抄
10.21 建春門院御願の最勝光院の落慶供養 玉葉
11. 5 南都衆徒が春日社の御榊を奉じて宇治に発向 玉葉・百錬抄
11.18 清水寺炎上 百錬抄
12.26 六波羅蜜寺炎上 百錬抄
1174 承安4 1.23 後白河院(48歳)・建春門院(33歳)が日吉社に参詣 玉葉
2.23 八条院(ワ子内親王:38歳)の仁和寺御堂(蓮華心院)供養 玉葉・百錬抄
2.26 皇嘉門院九条御所焼亡 玉葉・百錬抄
3. 7 高倉天皇(14歳)が法住寺殿に方違の行幸(小督局も随行?) 玉葉・たまきはる
3.16 後白河院・建春門院 厳島御幸へ進発 玉葉・百錬抄・吉記
3.26 後白河院・建春門院 厳島に到着 梁塵秘抄
7. 8 平重盛(38歳)が右大将に任じられる 公卿補任
10.10 後白河法皇の皇子(9歳)が仁和寺に入室 玉葉
11.13 春日祭にて近衛使平維盛(17歳)が病と称し途中で帰洛
〈神人殺傷事件の報復を恐れてか?〉
玉葉
1175 承安5 3. 3 高倉天皇(15歳)が疱瘡を病む 玉葉・百錬抄
3. 9 平時子(51歳)の八条朱雀堂供養 玉葉・百錬抄
安元1 閏9. 7 後白河院(49歳)・建春門院(34歳)が熊野参詣より還向 玉葉
10.11 後白河院が福原へ御幸 玉葉
12.29 藤原師高(西光の子)が加賀守に任じられる 玉葉
1176 安元2 3. 4 後白河院五十歳の賀 玉葉・百錬抄
3. 9 後白河院・建春門院が有馬温泉へ御幸 顕広王記
4.27 後白河院が受戒のため比叡山に御幸 玉葉・百錬抄・吉記
夏頃 近藤判官師経(西光の子)が加賀目代に任じられる 平家物語
6.13 高松院女朱子内親王(二条后:36歳)が崩御 玉葉・百錬抄・吉記
7. 8 建春門院平滋子(35歳)が崩御 玉葉・百錬抄
7.17 六条院(13歳)が崩御 玉葉・百錬抄
9.19 九条院藤原呈子(近衛后:46歳)が崩御 玉葉・百錬抄
10.29 後白河院の皇子(仁和寺御室弟子)が高倉天皇の猶子となる 玉葉・百錬抄
1177 安元3 1.24 内大臣藤原師長(40歳)が左大将を辞任
平重盛
(41歳)が左大将、平宗盛(30歳)が右大将に任じられる
公卿補任
3. 5 平重盛が内大臣に任じられる 公卿補任・玉葉
3.21 延暦寺大衆が藤原師高・師経の処罰を求め、京に向かうとの風聞 玉葉・百錬抄
3.28 加賀目代藤原師経を備後国へ配流とする 百錬抄
4.13 比叡山の大衆が神輿を奉じて参内 玉葉・百錬抄
4.20 加賀守藤原師高は闕官流罪、目代師経は禁獄となる 玉葉・百錬抄
4.28 内裏焼亡 玉葉・百錬抄
5. 5 天台座主明雲(63歳)が解任される 百錬抄
5.13 延暦寺の大衆が蜂起したとの風聞 玉葉・百錬抄
5.21 前天台座主明雲が伊豆国へ配流となる 玉葉・百錬抄
5.23 延暦寺大衆が明雲を伊豆下向の途に奪還 玉葉・百錬抄
5.29 多田蔵人行綱が藤原成親(41歳)らの平家打倒の陰謀を密告 平家物語・百錬抄(6/1)
6. 1 藤原成親・成経父子、西光が西八条亭に禁固され、西光は即日斬首される【鹿谷の政変】 玉葉・百錬抄
6. 2 藤原成親は備前国へ配流となる 百錬抄
6. 5 平重盛が左大将を辞任 公卿補任
6. 9 流人加賀守師高・右衛門尉師親・左兵衛尉師平らが誅される 百錬抄
7. 9 藤原成親が備前国の配所にて死去 百錬抄
7.29 故讃岐院に崇徳院の号を贈り、故藤原頼長に正一位太政大臣を追贈 〈天下不静につき怨霊を鎮めるため〉 玉葉・百錬抄
治承1 10.27 大地震があり東大寺の大鐘が振り落とされる 玉葉・百錬抄
11. 4 小督局(21歳)が高倉天皇の第二皇女範子内親王を出産 玉葉
12.27 徳大寺大納言藤原実定(39歳)が左大将に任じられる 公卿補任
1178 治承2 1. 7 東方に彗星が出現 玉葉・百錬抄
1.20 延暦寺衆徒の蜂起により、右大将平宗盛(31歳)が福原へ下向 玉葉
2. 8 平重盛(42歳)が内大臣を辞任 公卿補任
4. 5 平宗盛(32歳)が権大納言に任じられる 公卿補任
5.24 中宮平徳子(24歳)の懐妊の報 山槐記
6. 2 平清盛(61歳)が福原より上洛 山槐記
6.17 安芸厳島神社に中宮御産平癒の奉幣を遣わす 山槐記
6.27 範子内親王(2歳:母小督局)が賀茂斎王に卜定 玉葉
6.28 中宮平徳子の着帯の儀 玉葉・山槐記
7. 3 中宮御産祈願の大赦により、流人藤原成経・平康頼を召還 玉葉
7.16 平宗盛の室が逝去 玉葉
11.12 中宮平徳子が高倉天皇(18歳)の第一皇子を出産
 【安徳天皇降誕】
玉葉・山槐記・百錬抄
11.16 平清盛が福原に下向 玉葉
11.28 平清盛が福原より再度上洛 玉葉
12. 8 高倉天皇の第一皇子に親王宣下《言仁親王》 玉葉
12.15 言仁親王を皇太子に冊命 玉葉・百錬抄
1179 治承3 1.11 伊勢斎宮功子内親王(高倉天皇第一皇女)の母(高倉天皇乳母:帥局)が死去 玉葉・百錬抄・山槐記
2. 8 春日祭において平重衡(24歳)が東宮使を務める 玉葉・山槐記
2.13 平清盛(62歳)『太平御覧』を献上 山槐記
2.26 平宗盛(33歳)が権大納言・右大将を辞任 公卿補任・玉葉
山槐記
(2/28)
2.28 藤原殖子(23歳:信隆女)が高倉天皇の第二皇子守貞親王を出産 山槐記
3.11 平重盛が病により上表 公卿補任
3.29 左大臣藤原経宗(61歳)・左大将藤原実定(41歳)らが厳島神社に参詣 玉葉
4.11 高倉天皇の第三皇子惟明親王誕生(母:少将局) 山槐記
4.18 高倉天皇の第三皇女潔子内親王誕生(母:按察典侍) 山槐記
4.21 賀茂祭において平維盛(23歳)が東宮使を務める 山槐記
5.14 清水寺の悪僧が祇園社大衆と合戦して八坂の塔を焼き払う 玉葉・山槐記・百錬抄
5.19 検非違使別当平時忠(53歳)が強盗12名の右手首を切る 玉葉・山槐記・百錬抄
5.25 平重盛が病により出家 玉葉・山槐記
6.17 故藤原基実室平盛子(24歳:清盛女)が薨去 玉葉・山槐記
7.29 前内大臣平重盛(42歳)が逝去 玉葉・百錬抄(8/1)
11. 7 大地震が起こる 山槐記
11.14 平清盛が軍兵を率いて福原より入洛 山槐記
11.15 関白藤原基房(36歳)が罷免され、藤原基通(20歳)が新関白に任じられる【治承3年のクーデター】 玉葉・山槐記・百錬抄
11.16 前天台座主明雲(65歳)が還任される 百錬抄
11.17 43人の公卿殿上人の官職が停止され、太政大臣師長は尾張国へ配流となる 玉葉・山槐記・百錬抄
11.20 後白河院(53歳)が鳥羽殿に幽閉される 山槐記・百錬抄
11.25 以仁王(29歳)知行の常興寺が天台座主明雲に付けられる 山槐記
11.27 興福寺大衆が前関白基房の配流に怒り蜂起する 山槐記・玉葉
12.16 春宮言仁親王(2歳)が平清盛の西八条亭に行啓 玉葉・山槐記・百錬抄
1180 治承4 1.20 春宮言仁親王(3歳)御著袴の儀 玉葉・百錬抄
1.28 平重衡(25歳)が蔵人頭に任じられる 公卿補任
2.20 大輪田泊修築の宣下 玉葉

 
 
 
 
 
 
2.21 高倉天皇(20歳)が春宮言仁親王に譲位 玉葉・山槐記
3.17 高倉上皇の厳島参詣が延暦寺園城寺衆徒の不穏の動きにより延引 玉葉・山槐記
3.19 高倉上皇が厳島参詣に進発 玉葉・山槐記・百錬抄
4. 9 高倉上皇が厳島参詣より帰洛 山槐記
4.22 安徳天皇即位 玉葉(4/21)
山槐記・百錬抄
4.27 以仁王の令旨が伊豆の源頼朝の許に到着 吾妻鏡
5.14 後白河院(54歳)が鳥羽殿より八条坊門烏丸第へ遷御 玉葉・山槐記・百錬抄
5.15 以仁王の謀反が発覚し土佐国配流の沙汰が下る
 (以仁王は園城寺へ逃亡)
玉葉・山槐記
百錬抄・吾妻鏡
5.21 園城寺攻撃の命が下る 玉葉
5.23 宇治にて合戦に及び、源頼政(75歳)は自害し、以仁王(30歳)も落命 玉葉・山槐記・百錬抄
6. 2 福原遷都 玉葉・百錬抄
6.10 平清盛(63歳)に准三宮の宣下 百錬抄
7.14 藤原殖子(24歳)が高倉天皇の第四皇子尊成親王を出産
 《後の後鳥羽天皇》
皇代記・皇年代略記
8.17 源頼朝(34歳)が伊豆目代山木兼高を急襲【源頼朝の挙兵】 吾妻鏡
8.24 石橋山の合戦(頼朝軍は敗走) 吾妻鏡
9. 9 関東反逆に対し追討軍派遣を詮議 玉葉・山槐記
9.21 高倉上皇が厳島参詣に進発 百錬抄
9.23 平維盛(25歳)率いる頼朝追討軍が旧都に入洛 玉葉・山槐記
9.29 頼朝追討軍が東国へ向けて進発 玉葉・山槐記・吾妻鏡
10. 6 高倉上皇が厳島参詣より還御 玉葉・山槐記
10.13 平維盛率いる東国追討軍が駿河国手越駅に到着 吾妻鏡
10.20 富士川の合戦(追討軍は敗走) 吾妻鏡・山槐記(11/4)
11. 5 東国追討使平維盛らが帰京 玉葉・百錬抄(11/3)
11.13 旧都への還都を決定 玉葉・山槐記
11.26 還都 玉葉・山槐記・百錬抄
12. 4 平清盛より奥州の藤原秀衡に頼朝追討の請文が送られる 玉葉
12.11 園城寺追討軍が派遣され堂舎を焼き払う 百錬抄・山槐記
12.25 平重衡率いる追討軍が南都へ向けて発向 玉葉・山槐記・百錬抄
12.28 南都攻撃により東大寺・興福寺が焼亡 玉葉・山槐記・百錬抄
      
    
    
    
    
 
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